家具制作鯛工房

〒869-2504 熊本県阿蘇郡小国町西里 1608-2

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孤雲野鶴。鯛工房代表が綴るブログ。暮らし、生活、家具、社会。

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田舎暮しのころ

長い間目標としてきた田舎の暮しを始めた。まったくの偶然で、熊本県阿蘇郡小国町という山合いの町で、その目的が実現することになった。いつの頃から田舎で暮したいと思い始めていたのか、今となっては定かではない。東京都内から郊外へ、田舎の方へと引っ越すたびに喜んでいたのを覚えている。二十代後半の頃だ。そのころすでに田舎へ憧れていたことになる。おそらく、急な思いつきではなく、本質的にそういう傾向だとか、思いがあったに違いない。
遅い日没を良いことに、ランニングシャツと半ズボンで叱られるくらい遅くまで遊んだ夏、脱穀のあとのワラ山で遊んだ、忘れられないそのこうばしい香り、コエダメに石を投げ込んでは、笑いころげていた少年の日々。僕の基本的な田舎のイメージは、そんな明るい日差しにいろどられた、ふるさと九州が明瞭に浮び上がる。僕はいつの頃からか、そんな田舎に住みたいと思うようになっていた。

会社勤めをしている頃、女子工員に非常にユニークな人がいた。無口で化粧気の無い、控え目な人だったが、彼女とたまたま話す機会があり、そこで彼女は、家電製品をほとんど持たない、あまり持つ必要性を感じないと言うのだ。当時の僕には俄には信じがたいことだったが、それで生活が成り立っているという。冷蔵庫や洗濯機などは無いと非常に不便だと思う、しかし、不便かどうかはという問題は別にして、そのとき家庭で電気釜でなくとも飯は炊けるということを再認識したのだ。以来、我が家では彼女に見習ってナベで飯を炊き始め、その旨さに驚き、中断はあったが、今でもそれを続けている。

コマーシャルは恐ろしい。知らず知らずのうちに意識を操作し、固定化してしまう。電気釜に限らず、実は自分の手の内でできるものを、文化的、工業的なコロモをまとった工業製品に委ね、古くからの伝統的な方法を放棄することに少しの疑問を持たなくなって久しい。そして、それを以てモダンな生活と呼んだりする。
都市や都市文明とは、一面で個々が自分でできる日常の些細事や作業をすべからく工業的手法で置き換えること、業者に委ねること、すなわち便利さの追及であり、その感覚の充足であり、非生産的な文化を含めた全てを金銭で獲得することができるという感覚、消費主義に繋がることだといえるのかもしれない。
センコウ花火の明滅にも似た物質の消費の習慣に疲れ、うるおいを求めている自分自身を感じていた。自覚的にせよ、無自覚的にせよ、消費の習慣は、実は自分自身をも消費しているという疲弊感が心の底の方にオリのように澱んでいるのだ。つまり、真の自己表現、人間としての自己実現の姿を見出しにくいのが、今日の都市型文明だということができるかもしれない。
これに対し、畑作あるいは体を動かしたい、あるいは額に汗して何かモノを作りたい、というような手作り指向や、田舎指向などというものは、シンプルではあるが、そこに人間としての本来的な喜びを見出すことができるし、これがやはり田舎に惹かれる基本ではないだろうか。そして、田舎での暮しには、かつて、都市生活者が投げ出してしまった、自分に必要なものは自分で作るという自家賄いの暮し、人間のライフスタイルの原点がほの見えているのである。

ぼくは少なくとも自分の生活様式にある強みをもっていた。それは、社交とか劇場とか、楽しみを外に求めなければならない人にくらべて、ぼくの場合は生活そのものが楽しみになっていて、いつでも新鮮さを失わない、ということだった。それはたくさんのシーンを持ち、決っして終わることのないドラマだった。
H・D・ソロー 「森の生活」より

十五、六年くらい前から田舎売りますの記事や、ウッディな生活を売りものにした田舎の紹介をした雑誌がでてきて、その流れは今日もある。実際に僕を含め、都会での生活に見切りをつけ、農村部や都市近郊に移り住んでいる人は結構な数にのぼる。しかし、田舎回帰の人々がイメージする農村 ― 美しい野や山、小川のせせらぎ、田畑、加えて野性の動物たち、というような風景は現実にはなかなか残されてはいない。
食べのも文化をはじめとし、かつて農村には農村の文化があった。しかし、現在そのような農の文化は影をひそめつつある。都会にはあらゆる遊び場がそろっており、さまざまな文化機能がある。これに対し、農村に確固とした農の文化がありさえすれば、毅然として都市文化に対峙していけるのである。都会の中から田舎での生活を考える人々が出てきているという事実は、おそらく、都市文化の根なし草的な性格に気がつきつつあると考えられるし、土に根付かない文化は、所詮むなしいと気づきはじめたから、農の文化を求め、百姓になった人々だって少なくないが、農の現状は、その根っこの部分で文化的基盤を喪失しつつあるのだ。
これについて、農業基本法に基づく日本農政の失敗をあげる人もいる。ともあれ、近代化にともなう農業の敗北は農とその文化の衰退を招いたといえるかもしれない。
それにもかかわらず、なおも我々が求めるに値する田舎とは、どのような形であれ、そこで農業が営まれているという事実を抜きには考えられない。なぜなら、農業というひとつの生産体系こそが、村を村たらんとし、秩序と住みよい農村環境を保証してきたという歴史的事実があるからだ。
素晴らしいと思える田舎を田舎たらしめてきたものは 「農」 であり、工場誘致や観光開発は、手っ取り早い村の活性化にはつながっても、田舎にとっては荒廃につながりかねない側面が多いといえる。たしかに、都会との経済的、文化的格差はノスタルジックな山村風景では埋めてはくれないし、生活水準を高めることだってできないかもしれない。しかし、この問題は都市型文化を追及するなら決して実現しない事柄なのだ。
人々が自己抑制に基づくシンプルな暮しと、自然の循環を生かした農の営み。人々が田舎を求める原点はそこなんだが・・・

ともあれ、我家の小国町での生活はスタートした。
僕は昔からのイメージ通り、野菜を作りニワトリを飼うことができた。慣れない大工仕事もずいぶんやった。チェーンソーだって握ったのだ。ウッディライフに登場する連中みたいではないかと悦に入ったものだ。このために今まで手作り関係の書籍、資料を集めてきたのだ。もっとも、書物に関しては、実際にやりたくてできないという代償行為の意味合いが強かったのだが。
地域には期待通り、昔からの伝統的な生活様式、あるいは生活文化と呼んでもいい手作りの方法が日常的に行なわれていた。都会では絶対に見ることのできない生活があった。各地で長い時間をかけ、匿名の人々の手により脈々と積み上げられ、標準化した一つの文化だ。地味で目立つことは少ないが僕の求めてきたものだ。ニワトリ小屋を作っては微笑み、少しばかりの野菜の収穫に、山菜、味噌の保存に満足した。
田舎の暮しは労働の一つ一つがダイレクトに、日々の生活につながっているということを始めて実感した。この生活実感は給与生活を続けていれば決してわからない部分だ。基本的で正しい報酬、あるいは自己実現とは、それにともなう正当な労働があってはじめて実感できるものだ。農業を基本とする田舎の生活の根底には、実はこの部分が大きなウエイトを占めているのであり、都会の文化の質とはここの所がまったく違うわけであり、これが田舎指向の人々の目標とする所であり、村おこしに熱を入れる人々がおうおうにして忘れがちな部分でもあるのだ。

春の芽吹きの前、ふいに光がきらめき始めているのを感じるのは良い。さわがしいくらいの緑の繁茂の中に、ふと、秋の静粛を見るも良い。いろいろな思いを浮かべ、とらわれのない川の流れが良い。そして、僕は家具を作り始めた。
(1988)


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