家具制作鯛工房

モダンでシンプルな家具を制作する家具椅子工房です

はじめに

ときおり寒い日もありますが、風はゆるみ、フィルターを外した午後の日差しは窓辺で昼寝をむさぼる猫の背中を香ばしいかおりに焼き、まさしく春であります。
山懐の我家のまわりでも水仙がふくらみ、カラスノエンドウやカンゾウが結構のび、しょうがないなと言いつつ、おじさんとおばさんは冷たい缶ビールを携え、山菜取りに出かけなければならない日は近いのであります。

いいものとはなにか スカンディナビア工芸展の問いかけるもの (3)

スカンディナビアの質素な工芸品に、経済性などを度外視してみても「いいもの」だと感じるのは、そうしたモリスの言ったような働くことに対する徹底した考えが背後にあるからだろう。たとえば欧州や北欧の家具は、機能美に富んでいるといっても値段はかなり高く消耗品という考えはない。日本では高い家具でもかなりいいかげんで、消耗品的な安物買いのケースが多いが、欧州、とくに北欧の人びとはじっくり吟味して少々高くても一生使えるものを買う。だから作る側もいいかげんなものは売りにだせないわけだ。消費は生産の極地 と言ったのは、英国人でモリスと同時代を生きたジョン・ラスキン(1819-1900)だ。「価値のあるもの」とは生に対して役立つもののことだと言うラスキンは、「生産の真の試金石は消費の方法と結果である。生産というのは、苦労してものを作ることではなく、有益に消費されるものを作ることである」と述べ、買う場合の心得についてつぎのように書いている。
「諸君がものを買う場合、その生産者にどんな生活状態を引き起こすことになるかまず考え、第二に諸君が支払う金額が生産者にとって正当であるか、またそれが正当な比率で生産者の手に渡っているか、第三に諸君の買ったものが食物とか知識とか喜びに対して、どれほどはっきり役立つかを考え、第四にだれにどうすれば、それがもっとすみやかに、もっと有効に配分されえるかを考えるべきである」
まさにリーズナブル(合理的)な買い物の奨めである。モリスが強調した無用のものを生産させないためには、このような慎重で、頭を使って消費する姿勢が大切である。スカンディナビアの工芸品が全般的にきわめて良質なのは、消費者側の賢明な買い方の表れである。コペンハーゲンには「デンマーク工業美術デザイン常設展示場」(デン・パーマネンテ)があって、地上三階、六千七百平方メートルの広々とした展示場には、家具から食品までありとあらゆる日用品が四万点以上も展示してある。消費者たちはこのような展示場を訪れて、たしかな買い物の目を養うわけだ。それに北欧の人々の美的感性を高めるさまざまな学校、社会教育が「いいもの」の美質を見分ける趣味のよさを育てている。このような環境の中からスカンディナビアの工芸が生れていることを忘れてはならないと思う。

■ひよわな日本の工芸品

安定性のある力強さの横溢するスカンディナビアの工芸品のそばに、日本のクラフト製品を置いてみると、そのひよわさがいやでも目立つ。今秋京都で開かれた世界クラフト会議に協賛する形で日本クラフト展が東京で開かれたが、技術的な練度という点でまず北欧製品に見劣りした。さかさまにして軽く振るだけでフタの落ちるコショウ入れ、いかにも水切りの悪そうな銅製のティーポット、北欧の製品をそっくり猿まねしたようなガラス製品。かぞえあげればきりがない。一般的に言えることは、「ものは使われてこそ価値がある」という認識がじゅうぶんでなくまだまだオブジェ・ダール、つまり鑑賞用的な芸術品もどきのものが多く作られているということだ。大量生産する工場の束縛を恐れ、めいめいが勝手に「もの作り」にはげみ、無用の創意を競いあうという身勝手さ。非協業的社会。それに日本のクラフトという概念そのものも英語に翻訳不能で、「KURAFUTO」とローマ字で表記しなければならないという特殊性。日本では人間の必要を充足させる機能性の追及が、「もの作り」の面で工学的・技術的にも、芸術的・美的にも、つまり工芸的に徹底していない。そうしたあいまいさが、日本のクラフト製品のひよわさとなってあらわれていると言えないだろうか。
(以下次号)

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