家具制作鯛工房

モダンでシンプルな家具を制作する家具椅子工房です

はじめに

非常にタイミングが良かったようです。たいていは一度は取られたあとに行き、地団太を踏むワラビ取りですが、今年は我家が最初という場所が多く、短時間で結構の収穫があり、さっそく塩漬けにしました。ワラビ入りの東北風煮シメは、すごく旨いのです。

家具について (4)

加納四十二著「家具の實用工作法」の中の家具工作法の意義(本通信 NO.21〜22:家具について(2〜3))の内容はまさしく製品計画、つまり、工業デザインプロセスそのものではないかと思います。この簡潔で正鵠を得た記述はヘタな工業デザインのテキストより、余程するどいものがあるのではないかと思いますが…

私が習った家具屋の親方は仙台出身で大正十四年生れ、戦後からは東京で家具の職人をやっていた人でした。彼は、東京で一般的に作られていた洋家具の職人としては最後のほうだろうと言っていました。その後、時代の要請もあり、日本の箱物家具の作り方は、無垢ものからフラッシュ工法へと傾斜していくわけであります。
以前から、私は日本の洋家具の主なルーツ、もしくは日本の職人に家具の作り方を教えたのはどこの国の人々だったのだろう、というような疑問がかなり強くあったのですが、あるとき、ドイツの家具製作のテキスト(FRITZ SPANNAGEL:DER MOBEL BAU:ISBN 3-88746-062-6)をみたとき、親方の作る家具の意匠が、(それは古い洋館などに置かれている国産の家具とほぼ同じような意匠ですが)そのテキストに掲載されているものに非常に似ているのに驚きました。もちろん、古い国産の洋家具にも、さまざまな家具様式がみれます。しかし、明確に固有の様式としての「型」を持ってないように私には思える、単なる洋家具としてのみ認識されているような古い日本のポピュラーな家具や、親方の作っていた家具に共通するデザイン処理に、そのテキストのドイツとの近似を感じたのです。

開国後、我国ではヨーロッパ諸国の多様な各様式の家具が製作されていましたが、明治宮殿の正殿の家具は片山東熊をドイツに派遣し、カールローデ商会で調達したり、明治十九年(1886)、やはりドイツに留学し、本場の家具製作を習った清水米吉という人の存在を知ったりして、いっそうドイツが身近に感じられていましたが、最近になり、ドイツ人ウッドワーカーに出会い、話をする機会があったのですが、セセッション運動(1897〜)(注1)を媒体とし、その二つのスタイルが、けっこう近い所にあるのかもしれないなと思ったわけです。

ドイツ人ウッドワーカー、クナイティングとスタインメッツは、あなた方の国のポピュラーな家具様式にはどんなものがあるのか、このテキストに掲載されている家具の様式は何というのか、また、どこの国のどんな様式の影響を受けているのかという僕の問いかけに、どれだけ私が思っていることが正確に伝わったかという問題はさておき、しばらく彼ら二人で話し合った後、そのテキストに載っているものも含め、我々の国の主な様式名としては、ビーダー・マイヤー(注2)、セセッション、バウハウスであり、家具様式は我々独自のものである。といったわけです。彼等はおそらく自分達の家具に影響を与えた流れ、というようないい方をしたのかもしれません。(ビーダー・マイヤーはアンピールの影響ではと思うのですが…)また、かつての木工所で我々の作っていた家具の写真を見て、そのテキストと類似しているのを彼等も認めたのであります。

以下、工芸ニュース 「幕末からの椅子のデザイン小史」 からの抜粋です。

■ゼツェションと実用家具 (大正期)

オーストリアに始ったゼツェションは、装飾的要素を排して、単純な線と面で立体を構成しようとする運動であったが、これが流行した大正デモクラシーの日本は、ようやく、インテリ層を中心とした中産階級の住宅改善運動が盛り上がったときであった。
どの運動も椅子式を目指したので、需用は広がった。このためゼツェションは、実用家具となり、造形運動としての色彩はうすれてた。木工場は第一次大戦下の好況で職人が減り、電力が急速に普及したので、丸鋸、昇降盤などの木工機械を設備し始め、それがため西欧式の家具製作法になった。こうした機械化は、簡単なミシン切り抜きと、直線的な形態の組み合わせである、ゼツェション様式の特徴に適していた。これらを指導したのは、わが国初の木材工芸の指導者と技術者の団体である樫葉会大正七年であり、後の木材工芸学会である。等々…。

ビーダー・マイヤーからセセッションへと続くドイツ近代化デザインの流れは、家具デザインにおいても、ある意味でそれを明快なものへと近づけ、その表層の一部分は、当時の我国の商業主義にも取り込まれ、匿名の 「型」(あるいは様式)として、しばらくは在野に漂ったのかもしれないのです。
これらのほんの少しの事例から、セセッションを媒体として、ドイツのテキストと私が習った洋家具のスタイルをつなげてしまうのは早計で、外国の影響のほんの一部とは思いますが、僕は確かに共通の「型」を見るのであります。

私はさまざまな様式に、ある程度こだわっています。様式はひとつの文化だと思っています。文化は、匿名の人々、あるいは匿名の工人の解釈の積分の結果だと思っています。また、もう少し大げさにいえば、自然が大いなる英知の美的自己展開といわれる場合がありますが、人をして、民族をして、地域、時代を越え、大いなる英知の美的秩序の自己展開の結果が各様式、各文化、あるいは文明ではないだろうかと思っています。
自分の作る物にスタンダード性や普遍性を求めたい私は、人々がよってたかって築いてきた様式の中に普遍を観るわけで、輝く個の才能も魅力的ですが、家具作りの基礎として、様式、あるいは形式の意味を問い続けたいわけであります。
(以下次号)

注1)セセッション(分離)運動 (1897〜)
十九世紀末、ドイツ、オーストリアで起った新芸術運動でオットー・ワグナー(注4)らが始める。当時のウィーンはアール・ヌーボー様式や古い伝統様式が入り混じった状態であったが、アカデミックな芸術、または、歴史的回顧主義からの分離を目的とした新芸術運動。アール・ヌーボーが曲線を主体としたデザインに対し、これは直線味を強調して簡明な感覚を与えた。ジョセフ・ホフマン(注5)によるウィーン工房(注6)はセセッション運動における一つの成果であるといわれる。

注2)ビーダー・マイヤー様式 (1815〜1848)
ドイツあるいはオーストリアに波及したアンピール様式(注3)は、ビーダー・マイヤー様式と呼ばれる。アンピールにくらべ、より単純化され、ドイツ、オーストリアではビーダー・マイヤーの家具は中産階級の日常生活の中に浸透していった。形態の単純さ、構造の合理的なこと、実用的なことなどで広く普及し、二十世紀まで続く。単純な形態と実用性を備えていたという点で、セセッションの家具が生れる土壌となった。

注3)アンピール様式 (1804〜)
ナポレオンが帝政を確立してから十九世紀中ごろまで流行した様式。ナポレオンの古代ローマ帝国復活という政治理念と結びつき、古代ローマやエジプトの意 匠をもとに、フォンテーヌ、ペルシェという建築家により創案された。

注4)オットー・ワグナー (1841〜1918)
ウィーン美術工芸学校の教授として工芸家や建築家の育成にあたる。当時の様式折衷主義を批判し、芸術(建築)は、必要によってのみ支配されるという必要様式の提唱をした。また、機能主義的な考え方を持ち、目的の把握、材料の選択、合目的性、直線の強調による造形を計る。セセッション運動を推進した指導者。

注5)ジョセフ・ホフマン (1870〜1956)
オットー・ワグナーの教え子。カール・モーザー等とウィーン工房を設立。アール・ヌーボー様式を排除して方形を基調とするデザインを主張し、新様式の家具、工芸品の設計、製作を行なった。

注6)ウィーン工房 (1903〜)
ウィーン分離派(セセッション運動)の工芸品製作所として設立される。ホフマンの意図した合理性が工芸に新しい世界を開き、独自の形と色彩の明快さによって当時の流行を支配した。分離派工芸は材料を尊重し、構造の簡素化、使用目的への適合を強調し、過去における感覚的、装飾的工芸から脱する。また、機械生産を取り入れた新しい工芸品の製作、販売をして工芸界の主導的な立場を確立。

おわりに

家具様式の分類、解説は泥沼です。特に近代の様式の変遷の理解はなかなか困難です。このへんは今後、もう少し整理していきたい部分ですが…。

余談ですが、我が国において、明治になり、「脱亜入欧」の気運が高く、自国の美術批判の時期に、アール・ヌーボーの人々に発見された浮世絵は欧州に多大な影響を与えましたが、日本のアカデミスムは古典、様式、装飾の意味を尋ねようともせず、彼等の捨てた写実や古典主義へ向かい、久しく至上の手本として墨守しつづけ、浮世絵はアール・ヌーボーをへて逆輸入され、その価値を再認識されたのでありました。

ドイツ人ウッドワーカーに様式の質問をした私ではあります。そして、現在さかんに国際化の時代といわれています。それにはまず、自分の国のことをきちんと説明できることが必要ではなかろうかと考えていますが、例えば、江戸後期の仏教伽藍様式と鎌倉時代の仏教建築の各特徴を述べよ、であるとか、朝鮮の仏教伽藍と日本の様式の違いは、などと欧米の連中に質問をうけたら、これはまるっきりお手上げです。

家具に於ける匿名性、普遍性などと偉そうにいっている私ではありますが、なんのことはない、そう思って作った私の家具は、単に没個性の外皮を入念にまとっただけの、自分でも恥かしいくらい情けないものであったりするわけです。ではまた。

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