家具制作鯛工房

モダンでシンプルな家具を制作する家具椅子工房です

ジェイムズ・クレノフ 手造りの名匠 (1)

彼は親密にして卓越したメッセージを伝える。家具によって、著書によって、またその人柄によって。
ジョナサン・ビンゼン 邦訳:寸五工房 三ッ橋修平

ジェイムズ・クレノフのきわめて小型の箱物は、現在の家具の中で、もっとも長い影をいくつか投げかけている。大きさだけではなく雰囲気の点でも人格を反映し、厳密にいえば、慎み深くあり、これまで方々に展示されてこの上なく賛美されている。富豪や美術館のコレクションにも加えられ、長く売れ残ることなどめったにない。
 クレノフがほかの家具の造り手に与えた影響は深遠である。四冊の著書と実際に教えることを通して、彼は 「ある種の」 家具造りへの、詞的なアプローチを経験させる。その家具造りは、多くの木工家の、材料、道具、工芸、そして人生についての考え方を変えてしまった。だが、クレノフの成功と影響は論争の余地がない訳ではない。かれを穏やかに感じる人もいれば、粗暴に感じる人もいるし、心を打たれる人もいれば、破天荒なことをしているように感じる人もいる。そして、自分をほとんどさらけ出しているにもかかわらず、彼には謎めいた部分が残っている。しかし、将来彼の教授の遺産がどんなものになろうとも、歴史が我々の世紀をふるいにかけるときに、クレノフの箱物のあるものは、我々の時代のもっとも優れた家具の中に残るであろう。

■本人に会って

クレノフの家具は、彼の風変わりな生い立ちを映しだしている。彼は、冒険と新しい生活を探し求めて大陸横断の苦難の旅に出たロシア貴族の息子として、1920年、シベリアに生れた。その後の十年間にわたって、家族は上海に、そしてアラスカの人里離れた村々に住み、最終的にはシアトルに落ち着いた。母親は一時期自分の服をパリで作ってもらうような生活に馴れ親しんだ人であったが、その母親からクレノフは「卓越したものへの欲求と、細やかな事物に対する誠実さと一種の尊敬の念」を受け継いだ。しかしクレノフの家具には、進んだ流行の跡などはほとんど見られない、彼のスタイルは、自分の住んでいた町の実用的な手工芸にじかに接することで、いっそう形作られた。例えば、釣の仕掛け、篭、刃物の取っ手、雪靴、舟などである。「私は、議論のテーマとなるような美学ではなく、自然としての民族芸術や手工芸といったものの美的な見方を通して育てられました」と、彼はいう。「私は、生活のほとんどを、ヨットを走らせたり、山の中にいたり、浜辺にいたりといったふうに過ごしました。もし何らかの美的な教育を受けたとすれば、それは、すばらしく仕上げられた舟の曲線とか、風に撓む木の枝の曲り方とかから総合されたのもでしょう」。
クレノフは、子供の頃に玩具を作ったことを覚えている。母親が教えるアラスカ人の生徒たちが見に集まったときなど、彼はよく玩具の飛行機や舟や、台所の燐寸でできた矢を飛ばす小さな石弓などを作ったものだ。そして作ったものを皆にやっては、遊び友達のみならず自分自身も喜んでいた。今、75歳になり、ひとしきりの家具作り人生を終えて、クレノフはフォート・ブラッグの学校の裏で、陽光の中に座っている。この15年間、この学校で教え、家具を作ってきたのである。彼の声はかん高いキーキー声で、葦笛の音を聞いているようだ。話は巧みである。聞く者はすぐに、話を遮るまいとするようになり、ゆったりと座って、まぶしい小川が流れるのに任せるような趣で聞き入ってしまう。自分が作って与えた玩具のことを思いながら、クレノフはピクニック・テーブルの上に手を休め、指を見つめる。彼は言う、「私にはいつも丈夫な手があった。良い手が」と。

(注(三ツ橋):確かにJimの手は、身体の割には大きくてごつい、本組を手伝ってもらったとき、予想外の力でクランプを締め上げるのを目撃した。年の割に瞬発力はあると見た。テニスで鍛えているせいかもしれない)

■良き指導者としてのマルムステン

二十代の半ば、クレノフはシアトルを発ってスエーデンに旅立つ。多少気まぐれな感じで。そして 30 年を過ごすことになる。スエーデンで、彼は生涯の仕事を見出し、堂々たる良き師、カール・マルムステンに出会う。当時スエーデンにおける第一線の家具デザイナーである。
クレノフに言わせると、マルムステンは強烈な個性の持ち主で、威圧的な教師でもあったらしい。「族長のようで、我汝よりも神聖なりといった態度」の人物らしく、「何が正しく、何が正しくないかをすべて知っており、若く騙されやすい学生を食い尽くすかのように振る舞っていた」のだそうである。しかし、クレノフは、マルムステンが、家具について「健全で、素朴で、まっ正直な」考え方をし、卓越した目を持ち、ほとんど魔法のような線の用い方をするという長所を持っていたことも認めている。「彼は、美しい線を引かせようと永遠に我々を訓練しようとしていました」とクレノフは言う。フリーハンドで何本も線を引かせ、「一本の、微妙にして、しかも明確な線を獲得するように訓練しました。強制されないことは、だましだまし適当にやって構いません。そう、適当にやる余地もいくぶんかは残されているのです」。

(注:下線部分は、翻訳の精度に自信なし。Jimの文章は、こういう会話部分の方が難しく感じられる。大胆な省略が多いので)

マルムステンのカタログの一冊を通して見ると、多くのクレノフの箱物の基礎になっている形やモチーフが認められる。もしクレノフが、自分のルーツからそう大きく逸脱していないとすれば、それは恐らく、彼の探求が外部にではなく、内なる方向へ向かっているからであろう。彼は言う、「私は(モノ造りをする人間が)それほどまでに発明の才を持たなければならないなどと思ったことは一度もありません。形は、単に始まりに過ぎないのですから」と。

(注:この部分での発言は、意味深長。製作の際にJimは、図面らしい図面をほとんど引かないことを想起されたし。必要に迫られたときに、原寸図を引くぐらい。ただし、荒木取りの前に、ダンボールなどで大まかな実物模型 − Mock-up と呼ぶ − を作る。つまり、始まりの時点では、全体のバランスは想像できても、部分部分のイメージが非常に漠としている。ディテールは、すべて制作の過程で決定されていく。あたかも肉付けされたり、削り取られたりするように。建築的なアプローチとは正反対の方向である。むしろ、彫刻や陶芸に近い。Fine Art of Cabinetmakingと呼ばれる所以である。彼の場合、最初の始まりの時点での創造性はさほど問題にならない。創造性が発揮されるのは、過程に於いてである。その意味で、彼の作品はマルムステンの踏襲ではない。明らかにマルムステンとは違うものを作っている。どんな創造行為でも、人間の行為である限り、無からの創造というのはあり得ない。しかし、有から始まったとしても、それが因襲に堕することなく、新たな創造として成立する可能性は十分にあり得る。Jimが椅子造りに積極的にならない理由の一つも、こんなところに見て取れる。一般論だが、椅子は、箱物に比べて、はるかに出発時点でのアイデアに創造性が要求され、逆にその後の制作過程では、箱物ほどの対話がしにくい。この百年間、椅子造りが建築家やインダストリアル・デザイナー主導で行なわれてきたのも、このためであると思われる。Jimにとっては、恐らく面白みに欠けるであろう。もう一つ別の視点から付言しておくと、Jimの制作方法は、生計を立てられるような類のものでは絶対にない。学ぶべきことは実に多いのだが、すべて同じやり方で通そうとしたら、恐らく命がけになるだろう)

■触知的な箱物

部屋の反対側から見ると、クレノフの作品は刺激的というより、もの静かである。色合いは寡黙であるし、線はしなやかである。しかし、彼の作品の一つに出会うことは、受け身の経験ではありえない。たとえば、一度手の届く距離に身を置くと、仕事ぶりが相互作用を誘う。扉の取っ手に手を伸ばすと、刳小刀で残されたテクスチュアに気付く。取っ手は小さく、親指と人差し指で自然につかめるように削られているので、扉を開けるのに腕の筋肉よりも手の筋肉を使うことになる。扉に嵌め込まれたスポルテッド・メイプルの鏡板は、片側で曲線を描いて框組から飛びだしており、あたかも答えようのない問いかけをしているかのようである。手を移し、目をやる部分にはどこにでも、何かしら探り出せるものがある。棚板の支えのピンさえ柔らかく削られている。箱物の一インチごとが価値をもっているのである。「取るに足りない細部にも意味の探求はある」と彼は書いている。
クレノフは、家具造りの工程をデザインと構造に分けたりはしない。そうではなくて、その二つを織り合わせるのである。彼は、ほとんどいたずら書きのようなものから仕事を始める。裏面を物語るようだが、それは拇印ほどの小さなラフ・スケッチである。そしておもむろに制作に取りかかる。彼は、制作しながら決定して行く。木の持つ、色や木目や加工特性に応答しながら。また、作品の全体像と細部とが、明らかになると同時に相互作用を及ぼし合う過程に呼応しながら。クレノフはこの制作方法を 「指先の冒険」 と呼んでいる。ニューヨーク在住の家具作家、トム・ハッカーはクレノフの方法を水彩画家の方法と比較して言う、「まったくむき出しの制作方法です。非常に純粋です。ミスを隠蔽することもありません。一回きりの試みがすべてです。筆捌きのひとつ一つが現れています。隠されているものは何一つありません」と。

(注:スポルテッドとは、カビや細菌の作用で木目とは異なる模様ができている部分のこと。強度的には劣っているので、構造材使うには不安がある。しかし、腐った部分やスカスカの部分でなければ、框組みの鏡板やベニアリングするときの化粧材としては十分使える。どちらかと言えば、カエデ、カバ、トチといった散孔材に多く見受けられ、白っぽい木のほうが模様がはっきりしていて面白い)
(以下次号)

編注:連載にあたり
この文章は、米タウントンプレス社発行のホームファニチャー誌NO.7に掲載されたもので、著者は同誌アソシエート エディターのジョナサン ビンゼン氏。それをフライベートな目的で三ッ橋氏が翻訳したものです。今回、彼の了解とタウントンプレス社の本通信へのリプリントの了承を得て転載するものです。三ッ橋さん、タウントンプレス社(担当:DEBORAH BALDWIN)に心より感謝いたします。なお、三橋さんより英訳が完璧でない旨、了承してもらいたいとのことです。また、文中、Jimとはジェイムズ クレノフのこと。注釈は三ッ橋さんによりますが、クレノフやその学校について具体的なイメージを掴んでもらうための配慮からです。

■参考文献:Home Furniture magazine, Summer 1996, The Taunton Press / USA.

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