家具制作鯛工房

モダンでシンプルな家具を制作する家具椅子工房です

ジェイムズ・クレノフ 手造りの名匠 (2)

ジョナサン・ビンゼン 邦訳:寸五工房 三ッ橋修平

− 白っぽい木のほうが模様がはっきりしていて面白い。Jimは好んで使うので、トレードマークのようにもなっている。今では他にも使う木工家は多いが、どうしてもクレノフ・スタイルに見えてしまうので、かえって使い方が難しい。Jimの使う材種は極めて多岐にわたり、当然のことながら良い材を欲しがる。しかし、良い材と言っても、彼の美的センスから見ての「良い材料」である。玉杢や如鱗杢などの、いわゆる高価な銘木を求めることはほとんどない。美しいと感じれば、捨てられてしまいそうなスポルテッドでも積極的に取り入れる。こういう既成概念にとらわれない姿勢は、創造行為には不可欠である。
「細部に神が宿る」と言ったのは、ミース・ファン・デル・ローエだったかアドルフ・ロースだったか忘れたが、彼ら建築家の言う「細部」とJimの言う「細部」とは、規模がまったく違うので、同じような言説としては捉らえないでいただきたい。Jimの場合は、目と指先で触知できるテクスチュアとしての「細部」である。彼は、木材の「肌理〔きめ〕」を最大限に生かそうと腐心する。従って、その姿勢はフィニッシュ〔塗装〕にも明確に現れる。塗装と呼べるほど強固な塗装は用いない。ワックスかシェラック、良くてもオイルである。それも、かなり薄い仕上げである。当然オープンポアである。極端に言えば、何も塗らないのが最上と考えているフシもある。大切なのは、その木材の触知的な質感を残したテクスチュアなのである。このように木材の仕上面をいとおしむ感覚は、実際に木材の表面を、刃物にしろサンディングにしろ、何らかの方法で仕上げたことのある人間なら理解できる原初的な感覚ではないだろうか?また彼は、人工乾燥した材料を嫌う。色とテクスチュアが変化して、脆くなるからだそうである。「人乾材は、調理した材料だ」と言い切る。また彼は、求める曲線にふさわしいなら、構造に関わる以外の部分では、あえて目切れ材も使う。逆に、求める曲線を得るためなら、歩留まりなんぞは二の次三の次である。大切なのは、見て美しいかどうかなのである。さらにまた彼は、自分の身長〔165cmぐらい〕を越えるような作品はめったに造らない。自分の肉眼の視点で全体が把握できる大きさに限定しようとする。
こう考えてくると、実用性という観点からすると、Jimの家具は存在意義が極めて危うくなる。彼の「家具」を正確に定義するならば、家具の形を、木の特性を最大限に生かして表現した特殊な物体、と呼べるのではないかと思う。視覚的に、また触知的に美しいのは事実である。教えを受けておきながらも、正直なところ、こんなものばかり造って、よく今まで生きてこれたものだ、と時々おかしな感心もする。

■家具から文学へ

私の両手に握られた鉋から、削り屑がシュルシュルと出てくる.... 私の充足感は限られている。小さな地下室の作業場の白壁によって。柔らかな色をして、とらえどころのない香りを放つ、長い間探し求めた木材の棧積みによって。子供の小走りが聞こえてくる板張りの天井によって。しかしそれは、限りのない充足感なのである。私の喜びである。箱物は形になりつつある。だれかがそれを待っている。

(注:スエーデン時代の自分の工房の描写。アメリカでは自分の工房は持っていない。教室で造っている。)

クレノフは家具造りについての最初の著書である『キャビネットメイカーズ ノートブック』には、構造図面は一枚として載っていない。そして、どんな時にどんな仕口を使えばよいかというアドバイスもなかった。しかしそれは、木工家が入手できる、はっきりと意思表示をしたマニュアルでもあった。それは、惹きつけられるほどゆったりとした、妥協のない制作方法を描いており、そういう制作方法が、社会への極めて直接的な関与ではなく、人生と制作への全面的な関与をもたらしたのである。
著書への反響は圧倒的であった。ニューハンプシャーの家具作家、ジム・マクドナルドの意見は、他の多くを代表するのであるが、つぎのように述べている。「あの本を開いた瞬間から、私は木工家になりました。あの本は、私の人生の指針を変えました」と。シアトル近郊で家具制作をしているカーティス・アーペルディングの記憶によれば、クレノフの第一冊目が出されると、木工が「宗教となり、生き方そのものとなりました。彼は、木で制作することの意味、家具デザイナーであることの意味について、根本的に異なった見方を提示していました」とのことである。
ある人々にとっては、クレノフの制作 の衝撃はあまりにも強過ぎたようである。アーペルディングに言わせると、「あまりにも力に満ち、主張が強いので、自分自身の内なる声を聞こうとする場合には否定的な欠点ともなり得ました」ということにもなる。そして、クレノフの著書の優美な散文から、彼の描く人生は容易に想像できたのであるけれども、その人生を見習おうとすると、多くの人々が経済的な困難に直面したのである。フィラデルフィアの家具作家、ボブ・イングラムに言わせると、クレノフの著書は「あまりにもロマンティックです。彼にとってはそれでいいでしょう。それで金を稼げるようになったのだから。しかし私は、あまりにも多くの人々がそういうロマンスを心に抱きながら挫折するのを見てきました」ということになる。
クレノフは、そういった板ばさみ状態を認めている。三冊目の著書を『役立たずのキャビネットメイカー』と題し、自分自身や、アマチュアとして似たような制作をしている人々を引合いに出してまで。しかしながら、問題を認めることだけでは解決にはならない。クレノフに影響されている人々は皆、自分の詩情と人生の実際との間に、バランスのとれる点を見出さなければならないはずだ。家具ではなく、楽器の笛を造っている、クレノフの最近の教え子、ジョン・ギャラガーは悟っている。「ジムは創像的に書くことを教えているのです。広告や新聞記事のための書き方を教えているのではありません」。

■あたりまえの人が公に知れわたるようになる

著書の成功によって、クレノフはスエーデンの地下室から連れ出され、世界中の教室や講堂に向かうことになった。著述だけでなく話すことでも、クレノフは強いイメージと、ひとり歩きする逸話を、表面上は造作なく結び付けることができたようである。彼の話を聞こうと人々は大挙して集った。ニューヨークでの講義の様子を話しながら、彼が言うには、「信じてもらえるかどうかわかりませんが、九百人の人がやってきたのです。ロックコンサートのようでした。死ぬほどびっくりしました。私は、ステージに登ってマイクをとり、コードをひょいと引っ張って−ほら、歌手がよくやるでしょ−で、言ったんです、〈歌手はこうやるんでしょ?〉って。みんな笑って、それからやり取りが始まりました」。
(以下次号)

おわりに

トム・サックレー 氏との交渉のための手紙の翻訳は小国在住のアメリカ人、 ジェフ・イングにやってもらっています。細かいアドバイスを受けたりで非常に助かっています。しかし、ある日の彼からのファックスに「ウェルカム・パーティでは、お酒はあまり出さない方が良い」とつづってあるのには驚きました。ずるい私は、自分が真っ先に飲みたいのをさておき、仲間のウッドワーカーは飲むのが好きな連中ばかりで、ビールやお酒がなければブーイングものだと返信しました。後日ジェフは「お酒のこと理解しました」と、多少しょうがないなぁという感じで言うのであります。

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