家具制作鯛工房

モダンでシンプルな家具を制作する家具椅子工房です

ジェイムズ・クレノフ 手造りの名匠 (4)

ジョナサン・ビンゼン 邦訳:寸五工房 三ッ橋修平

−て、住みたいと言っているのを聞いた覚えがある。現在、68 歳になっているはずである。この人生も、おいそれとは真似できるものではない。こういう気骨のある人間が、男女を問わず、ゴロゴロいたのである。
 ちなみに、レスの左腕には、私の書いた字で 「勇気凛々」 という刺青が入っている。また、私の “bench mate”〈作業台友だち〉 は小山 亨である。何という、豊饒な人間関係であったことか。学校のなかだけでなく、外でもこういう関係が拡大していったのである。思い出すとなつかしく、ストーリーが無尽蔵に出て来るような気がする。もっと多くの日本人木工家にも経験を共有してもらいたいと思う。Jim が元気なうちに)

■強力なグリップ (握力、理解力、または人を惹きつける力)

喝采と論争のただ中で、クレノフは家具を造り続けている。影が長くなるにつれて、彼は時々自分自身が「(人生の)終わりから数えていたり、老人の考えることを考えていたりする」のを感じている。しかし、彼には衰える兆候はない。彼は今でも週7日制作し、いくつかの最近作は、抽象的な模様のベニアリングを用い、彼の制作の中では大胆不敵な新しい方向性を打ち出している。彼は、45年間連れ添った妻、ブリッタと毎日浜辺を散歩し、晴れた日にはいつもテニスをし、自分の年の半分の若者を相手に、まるで一歩も退かない。自分の人生のペースに言及すると、クレノフは、物事を少し楽な方向で考えることには意味があるかもしれないと言い始める。しかしそれでも、彼はそうすること(楽に生きること)を想像できずにいることを認めている。「私は生涯アクテイブでいたいです。ほんとうに制作に打ち込むと、静かで澄み渡った心境になるのです。他のどんなものにも見出せないバランス感覚がもたらされるのです。造っているときの私が、私自身なのです」。

「ホーム ファーニチャー」誌 準主筆 / ジョナサン・ビンゼン

(注:最後のメッセージは泣かせる。ここでの「アクテイブ」というのは「いきいきとしながら感覚的には鋭敏に」というニュアンスである。私の散文的な頭では訳しきれないので、カタカナ表記にした。active、新鮮な響きがある。 Jim は何の衒い〈てらい〉も打算もなく、ほんとうの真心からこの発言をしている。もともと手の込んだ芝居を打てるような人間ではないのである。clarity「静かで澄み渡った心境」、このクールな感覚こそ、 アートの神髄である。 a sense of balance「バランス感覚」、世界のあるがままを静かに受け容れられる心境なのだろう。これは、私に言わせれば、ハムレットの“To be,or not to be”レベルの、歴史に残る台詞である。理論と実戦、言ってることとやってることが完全に一致してないと、言葉に重みがなくなる。今生きている木工家で、本心からこういう発言をできる人間が果たして何人いるだろうか。世界中に。どうぞお造りください。鉋が持てなくなる日まで。最後はまわりの皆が介抱してくれます。心おきなくお造りください。と伝えたい。
Jimが週7日制作するのはほんとうである。日曜も出てきて、ためつすがめつ手を加え、迎えに来たブリッタにひっばられるようにして帰っていく。後ろ髪引かれる思いなのだろう。見ていると滑稽でもある。
最後に、Jimがなぜこういう木工人生を歩むことができたのかを少し考えておきたい。

第一に、言うまでもないことかもしれないが、彼には生来の強力な制作意欲があったということを挙げねばならない。表現意欲と言い替えてもよい。これは、幼少の頃から人の心の中に形成されるものであり、その人が、何を見、何を聞き、何に触れ、何を読み、そしてそれをどう感じ、どう反応し、その後どう生きたかによって決まる。感受性と思考と行動が直接結び付く心の柔軟さがなければ形成されえない。しかし、決して特殊な現象なのではなく、多かれ少なかれ、どんな人でもこういう心の成長過程を経験しているはずである。モノを造りたいという欲求は、人間にとって根源的なものである。そういう欲求を自分でどう評価し、また対処するかは、その人の自由であり、それによって必然的にその後の人生も決まってくる。ある人にとっては、すぐに忘れ去ってしまうような価値しか持ちえないかもしれないし、またある人にとっては、心を埋め尽くされて行動せずにはいられない状態になるかもしれない。そういう心の成長過程を分析する能力は私にはないので、単に指摘するにとどめるが、いずれにせよ、Jimを見ていると、彼の表現意欲がいかに強大なものであるかは察しがつく。じかに接していた頃からもう5〜6年経つのだが、初めの頃よりかえって時が経つにつれて、そういう思いが強くなってくるのを感じる。Jimは常々我々に“Skill is first”「技術が先だ」という言い方をしてきた。確かに、基礎を学ぶ段階では、それも当然である。しかし、自己の表現を摸索する段階では、話は違ってくる。意欲と技術は同時進行である。技術に裏付けられた意欲でなければ、表現として形を為さない。逆に、意欲の内在していない技術は死んだ技術であり、何の感動ももたらさない。意欲と技術は、相互に高めあう関係にあるはずである。そして、百人の人がいれば、百の意欲と技術があるのだと思う。心を開き、かつ学ぶという姿勢は、どう言うレべルにあっても、モノ造りには必要不可欠である。

しかしながら、そういう表現意欲というのは、普通の成長過程の中で、徐々にさまざまな制限を加えられ、磨滅していきがちである。なぜJImは継続的に意欲の発露の場を持ちえたのであろうか。おそらく、彼を取り巻く環境を考えなくてはならないだろう。だが、私の持っている情報量は非常に限られている。憶測の域を出ないだろう。それでもあえて言及するならば、Jimを取り巻く人的な環境として、二人の人物の助力を挙げることができる。一人は、妻のブリッタであり、もう一人は、現在のJimの右腕であるマイケル・バーンズである。文中にあるように、ブリッタは45年間の連れ合いである。Jimがスエーデンにいる頃に結婚している。Jimとはちがって、純粋なスエーデン人である。比較的寡黙だが、思慮深い女性である。二人の間には三人の子供がいる。彼女出身は、木工や家具造りにそれほど興味を持っているとは思えない。学校に来ても、日常的な挨拶はするが、自分から作業を覗き込んだりはしなかった。スエーデンにいた頃、彼女の専門は経済学だったそうである。教壇にも立っていて、二人が若かった頃は、おそらく彼女の方が安定収人を得ていて、家計を支えていたものと思わ…
(以下次号)

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