家具制作鯛工房

モダンでシンプルな家具を制作する家具椅子工房です

チップソーの研磨について

再研磨は家具工房にとって大きな問題の一つです。何故なら、再研磨に出して満足のいく切れ味に仕上げてもらえる研磨屋さんになかなか出会えないからです。

再研磨をした場合、何故、新品と同じ切れ味にならないのかということが、以前からの大きな疑問の一つでした。我々は、その正しい理由を知りたいと思いますし、知らなければならないと考えます。原因とその理由を掴んでしまえば再研磨結果に腹を立てることもなくなりますし、研磨屋さんの客観的な評価もできてきます。しかし、研磨に関して解りやすく教えてもらえる機会というのはあまりありません。

今回、サイトを通じてコンタクトを取り合えることになった、益田技研有限会社の原田氏に私の研磨に対する疑問に非常に丁寧に答えて頂きましたので紹介いたします。
以下は原田氏のコメントを再編集したものです。原田氏にはお忙しい所、大変お世話になりました。改めてここで感謝いたします。なお、写真も原田氏からの提供です(無断引用不可)。
研磨でお悩みの方は原田氏に相談してみるのも良いかと思います。その場合、先ずはHPを訪れてみる事を勧めます。文末に連絡先を載せておきます。

今回は、昇降盤などで使用するチップソーの縦挽き、横引き鋸を前提にしています。

先ず、綺麗に切れるか、切れ味はいいか、という研磨の問題以前に、木工機械のフランジ、シャフトの精度がきちんと出ているということが基本です。この精度が出ていないとお話になりません。
次にチップソー自体の精度が問題になりますが、カネフサ製や、その他、良い品質の鋸を作っているメーカーの商品では、私の知る限り、0.01mm 以下の振れです。これは静止状態での精度です。
では、動的精度はといいますと、静止状態で異常が無くても、稀に振れることがあります。この理由は、鋸には「腰入れ」がしてあります。これは、遠心力で刃先部分が伸びる為、その伸びを抑えるためです。又一般より高速で回転させる場合は、より刃先部分が伸びる為に「腰が抜けた」状態になり、振れが発生しやすくなります。
理解し難いかもしれませんが、腰が無いと鋸が振れるという事を知っておいて下さい。

解説の中から先ず、「腰抜け」について質問を致しました。

Q1 腰入れをしていないと、そんなに伸びる物なのですか?
A1 はい伸びます。程度の程は知りませんが、遠心力は巨大です。全く腰が無い鋸を高速回転させますと、それだけで歯底部分からクラックが入ることもある位です。
Q2 腰入れは、熱処理なのですか? ショットブラストのような表面硬化も考えられますが、それはないでしょうね?
A2 私の知る限りでは、熱処理での腰入れも在りますが、余り実用的ではないようです。実際は鋸の中心部分を「ロール機」と呼ばれる機械で延ばしています。
ショットブラスト処理による鋸はありません。ただ、サンドブラストを施したノコを見た事が在るかもしれませんね。それは、鋸のお化粧です。刃先チップをロー付けした際に発生した、変色域と銀ロウを除去するためです。現在は技術の改善により、この様なサンドブラストされた鋸は少なくなりました。
Q3 もし熱処理ですと、縦切りのときに材にはさまれて、鋸が熱のために変形した場合、腰抜けになる可能性がありますね?
A3 その通りです。なお、通常は我々で再腰入れする事はありません。鋸振れの原因になるからです。やむを得ない場合は、メーカーに送っています。

次に、研磨そのものについて、我々家具工房関係者が感じている再研磨に対する問題点を挙げてみました。

Q1 ナイフマークがでる。
Q2 切るのに押す時、重い。
Q3 横切り鋸の場合、バリがでる、またはバリが多い。
Q4 新品時に比べ、長切れしない。

これらの問題点についても原田さんに質問し、答えて頂きました。

A1 ナイフマークがでる : 外周精度の不良と歯のカケが多い。
A2 切るのに押す時、重い:切れ刃の研磨不足。又は再研磨の時に角度を変えて研いだ。
A3 横切りの場合、バリがでる、またはバリが多い : 同上。
A4 新品時に比べ、長切れしない : 上記全て。

再研磨後の切れは厳密に言えば落ちます。しかしそれは、実験室レベルでの話で(数回の研磨後チップの厚みが薄くなったのは別です)、殆ど切れは変わらないはずです。しかし、切れが悪いのも事実でしょうから原因を推測すると、切れ刃研磨不足、新品と比較して研磨角度の変化、適正な砥石粒度を使用していない。外周精度ムラなどが考えられます。特に、外周精度ムラ(注意 1)がありますと、切れない感じがして、ナイフマークも強く出ます。それと、チップの薄くなった鋸も同様な状態になりやすく(側面精度不良に寄る)切れが悪いようです。又は複合した事柄が原因と思われます。以下、原因を解説していきます。

注1)外周精度ムラ
外周精度ムラとは鋸の中心から刃先までの距離のばらつきのことです。その発生原因は手動機と全自動機で変わってきます。
先ず、手動機について述べます。手動機は手動にて鋸を動かし研磨を行ないますが、ストッパー(ストッパーピン:写真参照)に鋸が正しく当っていない状態で研磨するとムラになります。仮にストッパーと表現しましたが、歯先が砥石の定位置に来るようにピンにセットし、これを基準に研磨量を決め1歯、1歯、研磨します。
全自動機での問題点は、鋸送りワイヤーの緩みにより刃先の正確な位置決めが出来ない(ストッパーが効いていない)。又は高速送りで慣性を殺しきれていないため、定位置で止まらない等があります。
共通している問題点は、定めた位置で研磨されていない。取りつけボスの磨耗により、鋸の穴との間にガタがある(中心の穴で鋸を固定して研磨を行ないますが、鋸は回ります)。
研磨機械の精度の問題も勿論有ります。目視では判定できないガタの影響がありますから、弊社では、時折研磨精度を計測しています。

■手動研磨機について

手動研磨機 写真は研磨機の作業面です。写真ではボスと書いてある左右にボルトの頭(ストッパー)が見えると思いますが、この範囲の中でボス(鋸)が動きます。

砥石はダイヤモンドを樹脂で固めたダイヤモンド砥石です。この機械の場合、鋸のセンター(厚みの中心部分)は、砥石を上下に動かして砥石の左右回転センターと鋸のセンターを一致させます。これにより、左右の歯の高さが同一になります。左右の歯の高さが違う研磨不良の場合、ここが合っていません。機械の種類により作業テーブルが上下するものもあります。
歯の高さが不揃いなるのはこのボスと「X」「Y」テーブルのガタ(その他可動部分全て)です。
本来は、研磨音がしなくなるまで先端逃げ角の研磨を行なわないといけないのですが、時間との関係で、音で判断し研削音が静かになった所で研磨を終了します。この辺の"カン"が職人の腕の見せ所でもあります。

トータルの研磨時間は、305×100pの鋸でおよそ10分前後でしょうか。ちなみに先端逃げ面の1歯当りの研削音が無くなるまでの所要時間は、砥石の切れ状態、鋸の厚みで変りますが、およそ10秒から1分位です。100pですと先端研磨の最短時間でも16分となり、トータルで20分以上かかる事になります。再研磨工賃を考えますとコストが全く合わなくなります。この辺の事情も合わせて御察し下さい。ちなみに、私がテストとして丁寧に研磨した時の時間は305×100pで40分でした。

自動機の詳細説明に付いては、かなり専門的になりますので省かせて頂きます。自動機による先端に逃げ角の研磨もムラ等がありますが、人間技ではありませんので、その数値はかなり低く、信頼性は高いと考えられます。
現在、日本では一般的にスクイ面は手動機、先端逃げ角は自動か手動機で行っていますから、この解説でほぼ間違い無いと思います。弊社では、スクイ面は手動機。先端は手動と自動機の両方を使っています。

■研磨工程

次に研磨工程に沿って説明をしていきます。
洗浄→台金研磨→スクイ面研磨→逃げ面研磨
(通常はこのような手順です。台金研磨は必要に応じて行ないます)

■洗浄

アルカリ性の薬品、又は高温の水を使い鋸に付着した樹脂を落とします。樹脂が鋸身に大量に付着したまま研磨しますと、鋸厚のセンターが出ない為、左右の歯の高さが揃いません。

■台金研磨

歯室の確保と、研磨能率向上のため行ないます。歯室は広い方が良いのですが、狭いとおが屑により発熱の原因になり、広すぎると刃先強度が減少します。広過ぎず狭過ぎずということです。又研磨ムラがありますと重量のインバランスの原因に成ります(特に縦引き鋸の場合)。

■スクイ面研磨

スクイ面研磨 ダイヤモンド砥石を使用しスクイ面を指定角度で研ぎます。メーカー指定角度がある場合と無記名、不明の事もあります。
磨耗の状態に合わせ全ての歯を同一に研磨しますが、業者やケースによっては、カケがある歯だけ多く磨ぐ場合もあります。これがチップ側面精度を狂わせる主な原因です。
良い研磨が出来ない業者(研磨屋)は、歯先を早く研磨したい為、歯先を多く研ぎます。これによって数回の研磨で切れ味が大きく変わります。
写真はスクイ面の研磨です。この場合も機械側にて各種角度を決定し、研磨は手で鋸を動かして1歯、1歯、行なっていきます。ピンは取り外しています。研磨量は状態を見ながら感覚できめています。

■逃げ面研磨

逃げ面研磨 上記とほぼ同一ですが、精度の一番必要な所です。一般的には全ての刃先を±0.03mm 以内(鋸の大きさ、機械精度で変わります)で仕上げます。精度が出ていないとナイフマークの出る原因になります。もちろん切れ味も落ちます。刃先精度は、歯先が欠けていても同一です(同心円上に刃先が来ます)。つまり、微細な歯の欠けを残すか、全て研磨するかは研磨屋の判断です(注意 2)。通常、側面研磨は行ないません。
写真は逃げ面の研磨です。ピンに鋸の歯を当て、ボスが一番前(写真上の中のボルト左側)に来るように作業テーブルを前後に調節した後、テーブルにて全体を動かし、砥石に接近させます。先端逃げ角の研磨量を決定し、鋸を手動にて前後し1歯、1歯研磨します。

注2)欠けを残すか、残さないかという問題
微細な歯の欠けを残すか、無くなるまで研磨してしまうかは研磨屋の判断です。ケースバイケースで、どちらが良いかということになってくると思います。
極端な話ですが、例えば、たった一つ、スクイ面部分の歯が1ミリ欠けていたとしたら、全ての歯を1ミリ研磨するかどうかという問題です。これが新品の鋸でしたらどうでしょう。お客さんは、いっきに鋸(チップ)が減ってしまったと感じられるに違いありません。2ミリでしたら如何でしょう。あるいは欠けた歯が3本有ったら如何でしょう。10本有ったら・・・。先端逃げ面でしたら全てを研磨した方がいいでしょうか、欠けを残してもいいでしょうか??
もう少し実際的な例で述べます。
金物を切断してしまい、0.2ミリから2ミリ程度の欠けが10歯程度発生した場合、全ての歯を完全に研磨するとスクラップになってしまう事もあります。若干のナイフマークが出る程度で許されるなら、少しの欠けを残す方がお客様の為と思うのですが。
悪い歯を幾つ残すか?? 全て削るか?? これが研磨屋によって判断が分かれる所です。
弊社では、ナイフマークが許されない品質をお求めのお客様には、欠けを取る為に非常に多く研磨した事を伝えますし、スクラップにせざるを得ない場合もあります。
研磨に出される際、歯の欠損状態を把握し、その旨伝えてもらえると幸いです。ちなみに数本程度の歯の欠け、欠損でしたら入れ歯(歯の付け替え)を行ない、再生することも可能です。

■その他(よくある研磨不良の原因)

  • メーカー指定研磨角度の無視(職人の無知、怠慢)。
  • ダイヤモンド砥石の偏磨耗により、研磨角度の保持が出来ない。
  • 左右の歯のインバランス。
  • 研磨機械のガタによる研磨精度不良。

こんな所でしょうか。
研磨角度表示の無い製品の購入は避けた方が無難です。角度表示の無い製品でも高品質のものは有りますが、高品質な鋸をお求めなら、角度表示が有るメーカーの製品をお勧めします(メーカーによっては、グレードにより角度表示の無い製品もあります)。角度が判らない場合、いいかげんな研磨につながります。

悪い研磨をされた鋸は全体にムラがあり、作業時の「切れ」に影響が出ます。その結果、刃の欠損、微細な欠けにつながり、再研磨時にムラに成る原因となり、悪循環が始まります。それに伴い、刃物の寿命も短くなってきます。

最後に研磨の専門書を紹介しておきます。
(株)フォレスト "木工用 鋸・刃物 知っておきたい研磨知識"

■益田技研有限会社 原田公司
島根県益田遠田町1715 / Tel:0856-22-5389
http://www.iwami.or.jp/saws/index1.htm
saws@iwami.or.jp